2012_03
02
(Fri)18:38

SS桃色の季(とき)

「雨は嫌いだ」

そう呟くとトンマンは唇を尖らせた。
砂漠で育ったトンマンは水の貴重さを知っている。
普段は雨は恵みの雨と言って降る度に喜んでいるのに今日だけは違った。

(今日はピダムと野駆けに行こうと約束していたのに…どうしてそんな日に雨なんて降るんだ!)

窓の外を覗いては恨めしそうに雨が落ちるのを一人見つめた。


**
日も昇らぬ内からピダムは厩で馬の世話をしていた。
一週間ほど前に山の麓を通りがかった時、其処に群生している桃の蕾が今にも開きそうなのを見付けて、トンマンを野駆けに誘った。
温かい日が続いて既に咲き誇っている頃だと思いつつも宮廷での公式行事や政務などでトンマンは宮を離れることが出来ずにいた。
トンマンから明日なら出掛けられそうだと連絡を貰ったのが昨晩のこと。

「それなのに何てことだ!」

ぽつぽつと降り出した雨を見てピダムも落胆した。
が、ただ落胆しているだけのピダムではなかった。
何時も懇意にしている女官に声を掛けると常は使われていない宮殿の一番奥にある離れを拝借したいことを頼み、トンマン宛ての書状を更々と書き記すと自身は馬上の人となった。


**
強くなるばかりの雨にすっかり気落ちしたトンマンはうたた寝をしていた。
肌寒さから目が覚めると更に気持ちが落ち込んで何もする気がおきなかった。

「公主様お目覚めですか?」

外から女官の声がかかりトンマンは「ああっ」と生返事を返す。
すると昼食の膳を持って女官が入って来た。
ピダムからの書状もこの時やっとトンマンの元に届いた。
其処には「必ずお迎えに参ります ピダム」と書かれていた。
トンマンは「迎えに来る」と言うピダムの意図が全く理解出来ずに首を捻るばかりだった。


**
雨の日は暗くなるのも早い。
ピダムがトンマンのところに姿を見せたのはそんな夕暮れ時だった。

「公主様……お待たせしました。さあ参りましょう」

「行くって何処へ。もう暗いし雨も止んでいないのに」

「良いから良いから」

そう言うとピダムはトンマンの手を掴んで歩き出した。
ある建物の前まで来るとピダムが

「公主様、暫く目を瞑って頂けますか?」

と言ったのでトンマンは素直に目を瞑った。
ピダムに手を引かれて建物の中まで入った。

「もう良いですよ」

そうピダムに言われて…恐る恐る目を開けたトンマンは桃色の洪水に目を見張った。

「ああっ…何て綺麗なんだ!」

感動の余りポカンと口を開けたままトンマンはその場に立ち尽くした。

「ピダム。ありがとう。こんなに沢山の花を一人で集めて来たのだろう。大変だったろうに」

「へへっ。野駆けに誘ったのは俺ですし…また明日から公主様が忙しくなるの知ってますから」

クッシャッと笑ったピダムの顔が余りに可愛くて、トンマンはピダムを抱き締めると自分から口付けを落とした。

「ピダム…ありがとう」

2人の桃色の時間はまだ始まったばかり…



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2012_03
11
(Sun)01:19

SS私のピダム エピローグ


眉よりも細い月が今にも消え入りそうに凍える夜。

その凶報はもたらされた。

隣で眠っていたピダムはそっと起き上って上着を羽織ると廊下に出て使者の話に耳を傾けている。

何かが起こったのだ。


ピダムがアルチョンを始め、女官長らを呼んで何やら大声で指示を出しているのが聞こえる。

辺りがザワザワし始めた。

指示を出し終えたピダムが女官を従えて寝室に入って来るなり


「陛下。急いでお支度をなさって下さい」


と言い、再び廊下へと出て行った。


女官に促されて支度をしながらも先ほどのピダムの神妙な顔が頭から離れず、

頭の中でゴウンゴウンと音がして身体が小刻みに震えた。

支度が終わり、暫くすると上大等の正装に着替えたピダムがやって来た。


「陛下。お召し替えはお済みでしょうか」


女官が戸を開けるとピダムは早足で私に近付き人払いをするように私に願い出た。

いつものように私が片手を上げると女官たちは潮が引くように消えて私はピダムと二人きりになった。


「陛下。落ち着いてお聞き下さい。謀反が起きたようです」


ピダムの顔から血の気が引いているのが解る。


「誰が謀反を起こしたのだ?」


「…ユシン公です」


答えを聞いてその場に倒れそうになった私をピダムが支えてくれた。


「ユシンが…何故?」


「詳しいことは解りませんが…ユシンは陛下を弑し奉り 、スンマン公主様を新しい王にしようとしているようです」


「何!」


「陛下。ここに居ては危険です。いますぐに月城から脱出してサンタクらと共に落ちのびて下さい」


「お前はどうするのだ?」


「私は明活城に陣取り、ユシンと戦います」


「駄目だ。ピダム。軍権はユシンに掌握されている。戦っても勝てはしない。私と一緒に行こう」


「陛下。それでは二人ともユシンに捕まって殺されてしまいます。 私が囮になって時間を稼ぎますから陛下はどうか一刻も早く遠くに倭にお逃げ下さい。手配はしてあります」


「嫌だ。嫌だ。嫌だ。ピダム。絶対に嫌だ」


私は首を横に振りながら子どものように泣いた。


「陛下。今暫らく…今暫らく上大等ピダムとしての時間を下さい。」


「陛下。何卒、陛下の王剣を私に下賜願えないでしょうか?」


何時もよりも尚低く響く声音でピダムはそう言い、私の膝元に傅いている。

部屋の一番奥に飾ってあったそれを手に取りピダムへと差し出す。

百済との戦いで私はそれをピダムではなくユシンへ差し出したのがついこの前のように思えた。

王剣を受け取るとピダムは静かな面持ちへと変わり

その身には新羅の剣神と言われた頃と変わらぬ覇気を纏っていた。


尚も涙を流し続ける私の頬をそっと両の手で包むと

「陛下……いや、トンマン。俺はお前の為に生きて来た。王としてのお前を護り、その横に立ってお前を支える。それが俺の人生だった。お前以外の何も要らない…だから最後までお前を護らせてくれ。俺の為に生きてくれ」


「…ぇ…嫌だ…嫌だ……ピダム」



ピダムは女王の仮面を外してトンマンとして泣きじゃくる私を困った人だというような目をしながらギュッと抱きしめてくれた。


(ピダム。お前のいない人生に何の価値だあるというのか…覇道という孤独な道の先に光を灯し続けてくれたお前がいたから私は今日まで生きて来られた)


私の心の内を知ってか知らずかピダムは優しく言葉を噤む。


「トンマン…愛している。愛しているよ」


私はピダムが耳元で囁く言葉に震え、その言葉を頭の中で何度も反芻した。


(トンマン…愛している。愛しているよ)


ピダムは蕩けるような口付けを何度も私に落とし。

その一つ一つを私は必死になって受け止めた。

ピダムの全てを心と身体に刻みつけて置きたかった。

そうして魂を込めた最後の抱擁を終えるとピダムは私の身体をそっと離して、

外で待っていたアルチョン等を呼びよせ命じた。



「陛下をお連れ申せ」


私がピダムの声を耳にし、ピダムの姿を見たのはそれが最後となった。





***

暗闇の中で一人目覚めると忘れられない愛しい男の姿を探す自分がいる。

私が生涯で唯一愛した男。

命を掛けて私を護り通してくれた男。

その存在の全てで私を愛してくれた…私の愛するピダム。




「トンマン…愛している。愛しているよ」


枯れ野に佇む私をピダムの声が風のように撫でて行った。




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2012_03
14
(Wed)23:59

SS私のピダム ある晴れた日に



「あーーっ、やっと終わった」

トンマンは両手を上げて背伸びをした。

数日前からの雑務がやっと終わったのだ。

天気の善し悪しなど解らなくなる程に仕事に追われ、やっと周りを見渡すとカラリと晴れて爽やかな風さえ吹いているではないか。

トンマンはゆっくりと椅子から立ち上がると庭に出た。

侍女を従えて漫ろ歩いていると、咲いたばかりの白梅や芽ぶいたばかりの柳の小さな葉を見つけ、それらはトンマンの心を更に晴れ晴れとして行った。

草木にばかり目をとられていた為に、石段を昇るとそこにピダムとチュンチュの姿を見つけてトンマンは幾分驚いた。


「あっ…ピダム、チュンチュ、此処にいたのか」


ニコニコしながら二人に近付くとチュンチュが


「叔母上、お久しぶりです」


と持っていた木刀をピダムに押し付けて挨拶をしてきた。

ピダムはチッと言う顔をしている。


「チュンチュ、元気だったか?ピダムは良く教えてくれているか?」


「はい。叔母上。元気です。でも今日は疲れたのでもう終わりにしたいと思います。ピダムもう良いだろう?」


徐羅伐中の女性を虜にすると言う微笑みでそう言われたピダムの頬の辺りがヒクヒクしている


「そうか。チュンチュ、次は書庫で国史の勉強か?さあ早く行くと良い」


「では叔母上、失礼致します」


チュンチュが去るのを見送ってからピダムは口をへの字に曲げてボソっと呟いた。


「公主様はチュンチュ公に甘過ぎます!」


「そうか?」


ピダムの機嫌が頗る悪いと感じたトンマンはピダムに近付き、公主らしからぬ態度をとった。

肘でピダムをつつきながら上目使いで


「んっ、ピダムどうした?何を怒っているんだ?…どうだ、今夜久しぶりに一杯やりに行かないか?」

手を杯の形にして口に持っていくとピダムもそれと同じ仕草をしながら


「えへへへっ。公主様、何で俺がそうしたいってことが解るんですか?」

1分前まで怒っていたとは思えないような満面の笑顔で頭をポリポリしながらトンマンに答えると。

その変わり身の早さが可笑しくてトンマンが笑い出した。


「あはははっー。あはっあはっ」


「公主様?一体何がそんなに可笑しいんですか?」


「お前が…あはははっ…お前が面白いからだ、ピダム」


「えっ俺が?」


目を丸くしたピダムの表情がまたまた可笑しくてトンマンの笑いは止まらなかった。




***

申の刻に城から抜け出した二人は貴族の姫と護衛武者に扮装して徐羅伐に住む者たちの中に溶け込んいる。


「ピダム。今日は何時もより人出が多いような気がするが…何かあるのか?」


「はい。今日はこの近くで祭りがあるようです。どうです、行って見ますか?」


「ああ。お前が大丈夫だと思うなら行って見たい。危険はないのだろう?」


「はい。ピダムの側を離れないとお約束して頂けるなら」


「解った。約束する」


二人がそこに到着すると祭りは終盤に差し掛かりカンカンドドーンと軽快な音楽が鳴り響き、人々は楽しいそうに踊り歌っていた。

辺りには沢山の露店が並び商人たちは大声で客の注意を惹きつける。

その一つの店の前まで来るとトンマンが珍しそうに


「ピダム。あれは何だ?皆が美味しそうに食べるあの赤や黄色の…」


「べっ甲飴ですか?」


「べっ甲飴と申すのか…綺麗だな」


ピダムはその中の一つをトンマンの為に買い


「はい。公主様」


と言ってトンマンに手渡した。

花に蝶が止まっている美しい飴細工だった。


「ピダム、ありがとう」


「それにしても綺麗だな。食べるのが勿体無いくらいだ」


「いえ、是非お食べになって下さい。甘くて美味しいですから」

トンマンは飴をバリッと食べて見た。頬が落ちるほどに甘い。

ピダムがそれを嬉しそうに見ているのが解ってピダムに向かって


「お前も食べて見るか?」


するとピダムは


「俺は飴より公主様が食べたいです」


と言って深淵の瞳でじっと見詰めて来た。

トンマンは頬を赤らめながら


「何を言ってる、ピダム。怒るぞ!」

と言ってズカズカ歩きだした。

ピダムはクスクス笑いながらもトンマンを追いかけた。





大通りから少し入った酒屋の二階で飲み始めた二人。

トンマンはピダムの言葉を思い出す度に恥ずかしくなり、酒を浴びるように飲んだ。

ピダムはそれを黙って見ていたが…トンマンの目が座って来たのを見て酒瓶を取り上げた。


「ピダム、何をする?それを返せ」


「公主様、飲み過ぎですよ。もう止めた方が良いです」


「何を言ってる…私はまだ大丈夫だ。だから返せ」


ピダムは仕方なく瓶をトンマンに返すと


「ピダム。お前も飲め」


とピダムの盃に酒を注ぎ、己の盃にも並々と酒を注いだ。

しかし次第にトンマンの目蓋は閉じ始め、その内にスヤスヤと寝息を立て始めた。



「やれやれ、今日もお預けか…」


ピダムは苦笑いしながらトンマンに上着を掛け、薄紅色に染まった頬を愛しそうに撫でた。


「トンマン…」


その名を呼ぶとトンマンの花のような唇に濃厚な口付けをした。

トンマンは苦しそうな顔をしたが…

ピダムが唇を離すと再び眠りに落ちて行った。






☆★☆★☆

今日は花粉が沢山飛んだようで管理人は鼻がぐずぐずしていました。

そして今日がホワイトデーだったのもすっかり忘れて(笑)

机の上に家族が買って来たらしいクリスピークリームドーナッツが何故あるんだろう(・・?

と疑問に思っていました。

この記事を書いてやっと思い出し…一人でちょっとだけ笑いました。

「私のピダム」は多分これから時系列を行ったり来たりすると思います。

管理人自身がどの時代の何を書いたのか忘れそうで怖いです(^^ゞ

2012_03
18
(Sun)01:53

SS私のピダム  後朝の別れ



冬晴れの澄み渡った紺碧の空に雲が一つぽかりと浮かんでいる。

遠い海原にいるであろう愛しい女に想いを馳せながら、ピダムは眩しげにそれを見上げると、戦の最中で有りながら自然と心は和み余裕さえも感じられる。

自分は此処で何をしているのだろう。その疑問に答えは直ぐに返って来る。

女王に従い、共に歩んで来た戦友であるユシンと戦う為とは…

片方の口の端を上げてピダムは苦笑した。


(ユシン、お前が陛下より伽耶を選ぶとは…)

女王を支え新羅の双璧と言われたユシンとピダム。

女王を愛していたのは自分だけではなかった筈なのに。

そのユシンが女王に対して謀反を起こしたことをピダムは未だに理解出来ずにいた。



中庭に一人佇むピダムの元へヨムジョンがやって来て


「陛下は無事に神国を出られたそうです」

と報告をした。


報告を受けたピダムの顔が一瞬パッと明るくなったのをヨムジョンは見逃さなかった。


「上大等、吉報と合わせて凶報もございます。地方の貴族達の動きをユシンに封じられてしまいました」


「何?ユシンめ。やるではないか…だが…陛下が神国を脱出なさったのなら構わない。いつでも覚悟は出来ている」


「上大等…上大等も脱出なさっては如何ですか?」


「だが…そうなるとユシンは私ではない誰かに罪を押しつけるに違いない。アルチョン等に害が及ぶのは私が我慢ならぬ!」


「上大等…」


「とにかくギリギリまで奴をこの明活城に引き付けろ、陛下が此処にいると思わせて」


「はい。解りました。上大等」


命令を受けたヨムジョンが去って行くのを見送った後もピダムはその場に留まり、相変わらず雲を眺めている。


「陛下…ご無事に船出されたようですね。ピダムはこれで思い残すことは御座いません。どうかご無事で」



(この想いをどうか届けてくれ)

ぽかりと浮かんだ雲にピダムは語り掛けるようにそれだけ言うと自室へと戻って行った。





***

冬の海は荒れに荒れていた。

トンマン達を乗せた船も然り。

大きなうねりに翻弄されて、今にも波に飲み込まれてしまいそうだ。

ギシギシと船が軋みドーンと打ち付ける波の凄まじい音に眠れずにトンマンは寝台に横たわっていた。

眠れぬ理由はそれだけではなかった。

毎夜、隣で眠っていたピダムの温もりがないのが心細くて寂しくて寝付けずにいたのだ。


「ピダム…どうか無事で居てくれ」


気が付くとトンマンは白い敷き布をギュッと握り締めて居た。


(ピダム…ピダム…ピダム…)


ピダムの名を呼び、身も心も焦がし疲れたトンマンはいつの間にか眠りに落ちて行った。






moblog_b7d44e05.jpg


ピダム此処にいたのか・・・


「陛下…」


上大等の紫色の衣を着たピダムが手をさしのべている。


「何だ?ピダム。何かあるのか?」


不思議そうに女王が首をかしげると


「陛下。御手をどうぞこちらへ。ピダムへお預け下さい…」


おずおずと女王がピダムの手に己の手を重ねると、ピダムはそっと女王の手を握った。


「陛下。何も御座いません。ただ私が陛下の御手を握りたかっただけです」


そう言うとピダムはきらきらと瞳を輝かせてニッコリ笑った。

釣られて女王も微笑みながら


「ピダム…お前は変わらないな。その真っ直ぐな心でどんな壁をも乗り越えて来る…そんなお前が私は好きだ」



「好き…なだけですか?愛してはいないのですか?」


ピダムは少し意地悪な言い方をした。



「ああっ好きなだけだ」


女王があまりにそっけなく答えたので、

ピダムは女王の手を引っ張り自分の胸に閉じ込めてこう言った。



「陛下は嘘がお上手になられました。私は時々それを見ているのが辛くなります。どうぞ私と二人きりの時は本当の心を見せて下さい」


そう言うなり唇を奪い女王の息を奪った。

女王の口中はピダムの舌で執拗にかき回されて、女王は次第に身体が熱くなるのを感じて


「ああっピダム…お前の言う通りだ…私はお前を愛している」


そう言って自分を抱き締め返してくれる女王が愛しくて。

ピダムは女王を抱き上げた。


「陛下…今宵もピダムに伽をお命じ下さいますか?」


「ピダム…伽などと言うな…私がお前と閨を共にしたいのだ。もうこれ以上は言わせるな!ピダム…」


少し拗ねた女王の姿を見たピダムが、それ以上はない優しい目をして言った。


「陛下……陛下……愛しています」



夢の中でさえお前に(陛下に)会いたい。

互いを想う心は現世の仮の姿を離れ自由に夢を行き来する。

後朝(きぬぎぬ)の別れが二人を分かつその時まで…





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2012_03
20
(Tue)22:10

SS私のピダム 菜の花畑に桜舞い


あれはまだ女王に即位したばかりの春の一夜。

満月が恐ろしい程に黄金色に輝いていた夜だった。


今宵も当に満月。

その黄金色の月に照らされながらそっと目を閉じると……

月城の石垣を取り囲むように咲き乱れ、辺り一面を黄金色に染める菜の花たち…

そこでピダムと一夜を過ごした思い出が鮮やかに蘇る。




月城の桜が満開となり城では司量部令主催の花見の宴が盛大に催されていた。

何時もは真面目な上将軍ユシンでさえも酒を飲んで酔った為に大きな声で隣に座るウォリャと楽しそうに談笑してる。

それ程に月城に咲き乱れる今宵の桜は妖しい程に美しかった。


盃の中に薄紅色の桜の花びらが一つハラハラと舞い落ちたのを見た女王は何時もは人前では決して飲まない酒を口にした。


「なんと粋な振る舞いをする桜よ。私に酒を飲ませるとは…」

と独り言のように囁いた。

居並ぶ人々の声にかき消されてお付きの女官さえも気付かなかった言葉をただ一人司量部令ピダムだけが気付いた。


(陛下が珍しく御酒を口にされた…)


女王の優雅な所作を見逃すまいとピダムはじっと女王を見詰めた。

女王とピダムの周りだけ時間が止まったようにゆっくりと時が過ぎて行く。


更に時が経つと酒を飲み過ぎてその場に突っ伏して眠る者、宴を抜け出す者が続出した。

公式の宴ではあったが最初から無礼講とふれわたっていた為、女王がいつの間にか退出しても誰もそれに気付かないでいた。


女王は仁康殿に戻ると女官に命じて就寝の準備を始めた。

女王の堅苦しい正装を脱ぎ、夜着に着替え髪を解き櫛梳り、やっと解放されたその折れそうな程にほっそりとした身体を寝台に横たえていた。

其処に司量部令が今宵の宴の御礼の挨拶に参ったと女官が取り次ぎに来た。

女王は夜着に上衣を羽織ってピダムを出迎える準備を整えると女官に向かい


「司量部令を通してくれ……それと司量部令が部屋に入ったら、皆下がって休むが良い」

と声を掛けた。


間もなくピダムが足音も立てずに部屋の開き戸の前まで来て声を掛けた。

「陛下。入って宜しいでしょうか?」


「入れ」


ピダムが部屋に足を踏み入れると静かに戸が閉まり、穏やかな表情で女王がそれを迎えた。


「ピダム。ご苦労だったな」


「陛下。お楽しみ頂けましたでしょうか?」


「ああっ、十分過ぎる程に楽しんだ。今年の桜は本当に美しい」

女王が嬉しそうに話をするのを見てピダムは更に続けた。


「陛下。夜桜も美しいですが、今宵は満月、月の光に照らされて城外の菜の花が黄金色に輝いて見えます。如何でしょう。これから私と花見に出掛けませんか?」


「ピダム。冗談を言っているのか?」


ピダムは少し困った顔をしながら


「いいえ、陛下。本気で申し上げております。ピダムがお守りします故。何卒」

と言うなり深く頭を垂れた。

至極真面目なピダムに女王は


「お前がそう言うのなら…行って見ても良いが。秘路から抜け出すのか?」


「はい。陛下。左様でございます」


「では暫し此処で待て。着替えをする」


そう言うと女王は奥の部屋に入って行った。



ピダムが片手に灯火を持ちながら、もう一方の手で女王の手を引き秘路を導き歩く。

二人しか知らない秘路を実際に歩いたのは今夜が初めてだった。


「ピダム…暗いな。でもお前と二人なら怖くない」


「陛下。もしもの場合私がご一緒出来るかどうか解りません。どうぞその時の為にも時々秘路に入り、あらゆる路を把握して下さい」


「これを使わないで済むのが一番だがな…」

そう言って女王が小さなため息をついた。

ピダムはそんな女王を気遣い


「心配なさらないで下さい。ピダムがこの身に変えて陛下も神国もお守り致します」

そう言うとピダムは女王の手をギュッと握った。




秘路の二重扉を開けてピダムが先に外に出て辺りの様子を伺っいる。

精神を研ぎ澄まして人の気配を感じとろうとしているピダムの身体からピリピリとした気が湧き出ている。

一緒に居る女王は何時にも増して辺りを気にするピダムの様子に少し不安を感じていた。

暫くしてピダムの合図を確認してから外に出た女王は感嘆の声を上げた。



「……綺麗だな!」


見渡す限りの黄金色!遠くに月城の桜が霞のように見える。

その頃、城内ではある事件が起こっていた。




続きます♪

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2012_03
26
(Mon)22:29

SS私のピダム 金のトゥリゲ


春の柔らかな日差しの中に絵から抜け出たように美しい女と男が立っている。

緋色の衣を着た女王がその御身を預けるようにピダムに寄り添い、漆黒の衣を着たピダムは今にも女王をかき抱かんとしている。


そんな仲睦まじい姿をひっそりと垣間見ている男が居た。

黄金で出来た甲冑をその身に纏い、見事な髭を蓄えたその顔に決して動かぬ深い眼差しを湛え、人々から巌の大将軍。
新羅の護り神と讃えられる上将軍キム・ユシンその人である。
ユシンは女王が郎徒の頃から女王を愛し続けて来た。

公主時代は元より今でも色供の臣として名を連ねてはいるが…ここ数年女王からの閨への御命は全く無かった。


(何故ピダムばかりを重用なさるのか…)


ユシンは女王を恨めしく思った。



「ユシン公」


そうユシンに声を掛けたその男キム・チュンチュは女王の甥である。
凛々しい眉と切れ長の艶のある瞳を持つ美丈夫で、その微笑みは徐羅伐中の女を魅了する。


「チュンチュ公」


「何をご覧になっていらっしゃるのですか?……ああっ陛下とピダムですか?」


「……」


「羨ましくお思いですか?」


「……」


「何故自分は閨に呼ばれないのか?何故ピダムばかりを重用されるのか?そんなところでしょう?…違いますか?」


ユシンはチュンチュの目をじっと見ながら


「そう言う貴方こそ、そう思っているのではないですか?私の妹を妻にしながらも、陛下の色供の臣に加わろうと影で動いていらっしゃるのを私は知っております」


それを聞いたチュンチュがユシンの耳元に近付き囁くように…


「それなら尚更話が早い。ユシン公…私は陛下を…いえ、あの美しい叔母上を私の腕の中で鳴かせて見たいのです。女王の正装を剥ぎ取りその中のほっそりとした乳白色の御体を一度で良いから抱いて見たいのです」


ユシンはチュンチュをじっと見返しながら


「チュンチュ公、お気持ちは良く解ります。あの至高の女人を一度でもその腕にしたら他の女人など只の木偶の坊になってしまいます故」


不敵な笑いをその口の端に乗せてユシンはそう言うとチュンチュに一礼してからその場を去って行った。


チュンチュはその切れ長の目を女王とピダムに向けると目を細めて


(ピダムめ、お前は本当に油断ならない男だ。陛下が色事に全く持って関心がないことは解っているが…お前が側で陛下にふりかかる火の粉を未然のところで防いでいるのは皆承知している。更にお前は陛下が閨に自分以外は呼ばないことを知っていて、色供の臣には多数の者の名を上げさせる。お前を羨む輩は多いぞ。ピダム…)


そう吐き捨てるように呟くとチュンチュもその場を離れて行った。





病み上がりの女王はカチェは着けずに髪を軽く結上げ、女王の正装ではなく赤い上衣を羽織るだけのゆったりとした格好をしていた。
そしてその御体を人前に見せたのは3月振りだった。
重い心の蔵の病とされていたがそれは表向きで、実は女王は子を産むために秘路にある一室に籠っていたのだった。

何故籠らなくてはならなかったのか。
それは他でもない司量部令ピダムとの間に出来た子だったからだ。

もし二人の間に子が出来たら…それはチュンチュにとって大きな障害になる。
詰まる所、王位継承の争いの火種となってしまう。
それを恐れた女王とピダムは出産を二人だけの秘密にしようとした。
しかし子は無事に生まれては来なかった。
あまりに長い陣痛の後、子は息をせずに生まれて来た。死産だったのだ。
出産時に力を使い果たした女王は気を失った。
そして目覚めて、その事を知った女王は半狂乱になった。
勿論それをピダムが長い時間を掛けて宥め、片時も離れず看病をした。

やっと女王の心と身体が落ち着きを見せ始め、女王の御体を仁康殿に戻すことが出来たのが昨晩のこと。
夜が明けて…
久しぶりに窓を開け放してピダムが女王を誘う。


「陛下…こちらへいらっしゃって少し外をご覧になられては如何でしょうか?丁度梅の花が見頃でございます」


女王はぼんやりとピダムの方へ視線をやると小さく頷き、寝台から降りるとそろそろと歩き出した。
そんな女王をピダムは心配そうに見詰めている。
それに気付いた女王はピダムに向かって笑って見せた。


「陛下…」


その精一杯の作り笑顔が悲しくなったピダムは女王に歩みより、更にほっそりとした身体をそっと抱き寄せた。


「陛下…ご無理はなさらないで下さい…」


「…ピダム。大丈夫だ」


女王はピダムに心配を掛けまいと必死に言葉をつぐむ。それがピダムには痛々しかった。
そんな女王をピダムは真綿に包み込むように優しく抱き締めた。


「陛下…御本復のお祝いにこれを作りました」


ピダムの手のひらに乗っていたのは金と翡翠で出来た豪奢な作りのトゥリゲだった。


「陛下…ピダムがおつけしても宜しいでしょうか?」


そう言うとピダムは女王の左の耳たぶにそっと触れてトゥリゲを小さな穴に差し込んだ。
もう片方も同じように差すのだろうと女王は待っていたが


「陛下…申し訳ありませんが片方しか差し上げられません」


何故だ?と言う顔で女王がピダムを見たのでピダムは続けて


「もう片方はあの子につけて送り出しました。陛下がやっと立ち直られたのに…思い出させるような振る舞いをお許し下さい」


そこまで言うとピダムはひと息ついてから静かな目をして


「父として…あの子の父として最初で最後の贈り物をしたかったのです。」


そう心の底から絞り出すように囁いたピダムの声に女王は、子を失って悲しんでいるのが己だけではないことを…
ピダムも深く傷ついていることを知った。


「ピダム…」


女王の頬を涙が一筋流れて行く。
だがそれは悲しみの涙ではなく慈愛の涙へと変わっていた。


(ピダム…ありがとう。逝った子を愛してくれてありがとう)


微笑んでいるのか泣いているのか、不思議な表情で困惑しているピダムを女王はギュッと抱き締めた。


「ピダム…あの子は私たち以上に仏に愛され過ぎてあの世に召された。そう思うことにする」


「私にはお前がいる。お前がいればそれで良い…」


そう言うと女王はピダムの唇にふわりと口付けを落とした。


(決して忘れない…吾子よ)


その時耳元の金のトゥリゲがシャラリっと音を奏でた。


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2012_03
30
(Fri)23:00

SSS私のピダム 夢と現の狭間で


今日は暖かい1日でしたね♪

花粉も沢山飛んでました。

誰かがどこかで必ずくしゃみをしてました(笑)

更に管理人は昨日携帯からスマホに変えたばかりでまだ上手く操作が出来ません。

目は痒いわ!SSは書けないわ!

二重苦でした(爆)

なのでSSSになってしまいましたが…

皆様、どうぞこのお話は自分をトンマンに置き換えてお読み下さい。






「母上…」

ピダムに良く似た可愛らしい男の子が私をそう呼んだ。


「お前は誰だ?名は何と言う?」

そう問うと淋しそうに微笑んで、クルリと後ろを向くと走り出した。


「待って。行くな。もう一度顔を見せて…」

そう声を張り上げて叫んだ。




「陛下……陛下…」

ピダムの声が聞こえた。

「んっ。何だピダム」
そう言ったつもりだったが声にならなかったらしい。

私がうっすらと目を開けると心配そうにピダムが私の顔を覗き込んでいた。
夢を見ていたのか。

それにしても可愛らしい男の子だった。

私は目の前にいるピダムをじっと見詰めた。
やはり良く似ている。
見詰めているとピダムが言った。


「陛下…魘されておいででした。夢見が悪かったのではありませんか?」


「いや、その反対だ。とても良い夢だったのに直ぐに消えてなくなってしまった」


ピダムは目を輝かせて聞いてきた。

「どのような夢だったのですか?」


「秘密だ!」


「えっ、私には話せない夢だったのですか?」


「それも秘密だ!」


「陛下ぁ…」

甘ったるい声音で私にぴったりとくっついて来るこの男の姿を見たら、徐羅伐を牛耳り、人々から恐れられる鬼の司量部令だと誰が信じようか。
まぁそこが又可愛いのだが…ふふっ


あぁほら少し考え事をしていただけなのに、ピダムがその深淵の瞳を煌めかせながら私に顔を近付けて来るではないか…

私はそれにとても弱い。

ピダムが近付くだけで思考が止まり、女王としての感覚が消え、只のトンマンになってしまう。

だが月が夜空にある今だけは私はトンマンでいたいとも思う。

ピダムの唇が…私の唇を覆う。

…んっ…息が苦しい。
…あんっ

ピダムの舌使いは絶妙過ぎて…あっ…気持ちいい…



あの夢の中の男の子は誰だったのだろう。


明日起きたらピダムに話して見ようか?


そう思いたいのだが…
私の全てはピダムに絡め取られ…

そうしてあの男の子の夢も…記憶の底に沈んでしまう。


「…ピダ…ム…」


その腕の中では例え夢の中であっても、己以外の存在は許さないとでも言うように…
ピダムは私を激しく攻めたて
身も心もピダムの色に染めあげる。





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